サイモンとガーファンクル「明日に架ける橋」の本当の意味は?
                      (2011/02/06〜3/13〜4/4〜7/14〜8/13〜10/10〜2012/4/29更新、修正)
1.本文と訳
2.この歌の要旨、そして疑問
3.疑問点のまとめ・・・友情の歌だとした場合
4.「橋」を渡るだけで輝き出す例
5.「銀の少女」はスラング
6.なぜ一方的な依存関係なのか
7.ロックの時代と麻薬
8.最後に


 補足・・・・・・・ゴスペルソングとしての扱い
 補足2
・・・・・・ストーンズの麻薬関連の歌
 補足3
・・・・・・録音の場で書かれた物だ、との証言について
 補足4
・・・・・・「橋」を渡るだけで輝く、日本の政治に現れたケース
 補足5
・・・・・・タイトルの由来と、この歌の狙い
 補足6
・・・・・・別バージョンの歌詞、訳、解釈(2012/4/17更新)
 補足7・・・・・・セントラルパークコンサートについて



1.本文と訳・・・やや意訳

第1連

When you're weary,feeling small,   
          君が疲れ切って、惨めな気持ちになり、
When tears are in your eyes,I will dry them all. 
          涙が君の目に溢れたら、私がみんな乾かしてあげよう
I'm on your side.             
          私はいつでも君の味方だ
When times get rough and friends just can't be found,  
          周りの状況が辛くなって、友人が誰もいなくなったら、

Like a bridge over troubled water,I will lay me down.   
          私は荒海に架かる橋になって、君を渡してあげよう
Like a bridge over troubled water,I will lay me down.


第2連

When you're down and out,when you're on the street,  
          君が落ちぶれて、職も失い、
when evening falls so hard,I will comfort you.  
          一日の終わりが厳しいものになるようなら、私が慰めてあげよう
I'll take your part.             
          私は君の支えになろう
When darkness comes and pain is all around, 
          夜の闇が降りてきたとき、苦悩に覆われるようなら、
Like a bridge over troubled water,I will lay me down. 
          私は荒海に架かる橋になって、君を渡してあげよう
Like a bridge over troubled water,I will lay me down.


第3連

Sail on,silver girl,sail on by.  
          漕ぎ出せ、銀の少女よ、漕ぎ出して行け!

Your time has come to shine. 
          君が輝く時が来たんだ
All your dreams are on their way. 
          君の夢が全て叶いそうだ
See how they shine.      
          夢があんなにも輝くのを見て!
If you need a friend,I'm sailing right behind.   
          もし君がまだ友を必要とするなら、私は君の直ぐ後をついて行こう
Like a bridge over troubled water,I will ease your mind. 
          荒海に架かる橋のように、君を安心させてあげよう
Like a bridge over troubled water,I will ease your mind.


 ※文法的な補足
  times・・・・・・・・・・・(複数形で)世の中の時勢、景気
  down and out・・・・・落ちぶれて
  on the street・・・・・無職で 
  take one's part・・・〜の味方をする、肩を持つ
  pain・・・・・・・・・・・・(数えられない名詞で)悩み、など、(数えられる名詞では、痛み)
  sail on・・・・・・・・・・(前方へ向けて)帆走する、進む
  by・・・・・・・・・・・・・・そばを通りすぎて行く、といった意味の副詞
  to shine・・・・・・・・・timeに掛かる不定詞(形容詞的用法)、離れた語に掛かっているケース
  on one's way・・・・・途上にある、近づいている
  ease・・・・・・・・・・・・(目的語が心などの場合)楽にする、安心させる、など
  troubled・・・・・・・・・騒然とした、荒れた、困った、不安な、など。
  water・・・・・・・・・・・海、川、湖、水、水面、など



2.この歌の要旨、そして疑問

第1連では、「君」が個人的に辛いことになるような時は、「私」が味方になる、と。「橋」はその苦境からの脱出口、出口を意味しているのでしょう。それに私がなると。

第2連では、仕事をなくす、日々の生活が厳しくなる、など社会的な立場が辛くなっても、「私」が支えようということのようです。やはり私が「橋」になると。

ところが、第3連では、突然明るい世界に一変し、君は輝き、夢の実現が近づいていると描かれます。その切っ掛けは、「銀の少女」です。何かはこの詩だけでは不明ですが。また、接続詞も、when から if へと、より可能性の低いものに変わります。独り立ち出来たということでしょうか。

ところで、この「君」と「私」の二人の関係はなんなのか。

涙を乾かすとか、慰める、など、母と幼児の関係のようでもありますが、第2連の内容からは、それは否定されるでしょう。

「君」が女性で「私」がその恋人という可能性も、同じく第2連の内容との間で整合性が不足します。男女逆にしても変ですし、そもそも男性の歌(米国では、日本と違って、異性の立場で歌を歌う事はしない)。歌詞全体の内容からしても男女の愛の歌であるとはとても思えません。loveという言葉も使われてないし。

普通によく言われるような通常の友人関係と考えても、以下の疑問があります。
残る可能性は、神と人との関係ですが、神と明らかに分かるような言葉はありません。
何にしても「銀色の少女」が謎です。



3.疑問点のまとめ・・・友情の歌だとした場合
 
A・・・友情にしては、一方が他方に依存しすぎてるのではないか? まるで母親と幼児の関係のよう。「君の涙を私が乾かして上げる」とか「慰めてあげる」とか。自分がもしそう言われたら気持ち悪く感じると思います。

B・・・同様に、一方が他方に献身的過ぎる点。何度も繰り返される、a bridge over troubled water の「橋」ってどういうことなのか。荒海から守ってくれるもの、ややこしいルートをショートカットして楽に渡してくれるもの、トラブルの防壁になってくれるもの、シールド、遮蔽物、護送・・・といったものでしょうか。なぜ一方が橋になって他方のガード役を常にやるのか。どうして、「私」は平気だけど「君」は自力では渡れないのか。逆の場合は無いのか。

また、いつも後についているって友情なのか? 友情なら横に並ぶものでは? 庇護者であり続ける、というのは友情とは違うのでは。「私」にしたって只の人間でしょう。

C・・・銀の少女とは何? なぜ突然出てくるのか。文脈的には「君」のことを指しているようにも見えるけれど、なぜ「少女」なのか。歌ってるのは男性ユニット。友情の歌ではないのか。一説ではポールサイモンの妻の事だとか(妻の髪に白髪が混じっていたので〜というもの)。だけど、なぜ、ここに出てくるのか。歌詞の流れと無関係にしか見えない。

D・・・なぜ突然、輝き出すのか。 troubled water というのは、「現実」の譬えでしょう。荒れる海、不安な水面。厳しい現実を目の前にして、「君」は、疲れ切り、惨めな気持ちでいて、涙を流し、悩みに覆われ、友達がいない状態にいる、そういう時、「私」が擁護し、現実から隔離してやって、「橋」で楽な場所へと渡してやると。友人が居なくなったはずの「君」に対して、ずっと友人であり続け助ける「私」というのも不思議な存在ではある(実際どういう人を想定してるんだろう)。

まあ、そこまでは仮に良いとします。そうする事によって、「君」は窮地を脱して回復するかもしれない。

しかし、何故、「君」は急に輝きだし、夢が実現しそうになるのか。どんなに優しくされて擁護されても、現実が変わるわけではない。troubled water はそのまま「君」の周りにあるはず。なのに、それを放っておいて、なぜ突然高揚していくのか。「現実と戦わなきゃ」、事態は変わらないはずではないのか。



4.「橋」を渡るだけで輝き出す例・・・・Dについて

 についてですが、現実は全く変わっていないのに(現実と戦っていないのに)、惨めな状態にあったものが突然輝く自分を見いだす、ということが実はあります。少なくとも以下の2つの場合。

 X・・・麻薬・覚醒剤を服用した場合
 Y・・・発狂した場合 

の方は、いわゆる「ハイになる」とか「きめる」とかって奴ですね、経験したことはありませんが(笑)。少なからぬ人が現実から逃避するため、あるいは快楽の為に服用するらしい。素晴らしい世界が待っているとか。ただ、それは人間であることを放棄する道でもあるわけですが。

神経細胞から出ている繊維(ニューロン)が異様な枝分かれ状態になって、元に戻らなくなるらしい>覚醒剤。神経系全体の異常化、変質、崩壊、つまり、廃人への道ですね。有名人のケースなどを見ても、何度も繰り返しているようで、回復は難しそうです。この場合、「橋を渡る」というのはその薬の服用ということになり、「私」は薬そのものということになります。

の方は、意識的ではなく、無意識の内に一種の精神の防衛の為に取る行動らしい(良くは知りませんが)。突然、「我はナポレオンなり」などと叫ぶ状態になる。きっと彼らの頭の中で、彼らは素晴らしい世界に住んでるはず。ただ、これは他者は介在せず、「君」と「私」という関係性はありません。当人だけの変化ですから、この歌詞には相当しないでしょう。


他にもあるかもしれませんが、何にしてもいい話のはずはありません。だって、troubled water から逃げ、隔離されてる状態で、良いことがあるはずは無い。そして、執拗に「君」を保護しようとする「私」ってのは、必ずしも「いい人」ではないのではないかと思い到ります。ただ優しくして慰めるだけで、現実と接触させまいとする友情なんてないでしょう。



5.「銀の少女」はスラング・・・Cについて

 silver girl というのは、スラングで「注射針」をさすらしい。確かに銀色の小さな奴ですから、実に上手い呼び方ですね。ただ、勿論これは通常の世界での呼び方ではなく、麻薬中毒者間でのスラングです(^_^;)。

 ということになると、もはや、この歌詞は上記、を歌った物ではないか、としか考えられなくなります。

 そうすると、Sail on,silver girl,sail on by というのは、「さあ行け注射針、行って薬を注入しろ!」

みたいな意味になるのでしょうか(^_^;)

突然世界が夢に満たされ、自分が輝き出すのも当然ですね。全ての悩み、苦しみは吹き飛ぶでしょう。「銀の少女」は、「君」「橋を渡る」のを手助けしてくれる偉大な存在です。



6.なぜ一方的な依存関係なのか・・・A、Bについて

 それはもはや明かですね。「君」が現実世界で辛い状況になった時、「私」という薬が慰めてあげようということなのだから、「私」は一方的な奉仕者、「君」はいわば患者で、そういう関係になるのは当然です。「私」の役割はまさに、そういった相手を一時的ではあるけれど、慰め、悩みや苦しみから解放し、気持ちを楽にさせてあげ、夢を見させる事なのだから。また後についている、ってのもその通りですね。効果が薄れた場合に備えて、隠れた所にいるわけです。

というわけで、この歌のファンには申し訳ないですが、こういう解釈となってしまいました。友情の歌と解するよりは、より自然な解釈ではないでしょうか。軽い気持ちで書いた歌詞に、あまりにも素晴らしいメロディーが付けられ、大ヒットしてしまった、というのが、この曲の真実ではないでしょうか。



7.ロックの時代と麻薬(LSDやマリファナなどを含む)

60年代から70年代にかけて多くのロックスターが麻薬に手を出したのは有名です。ジャニスジョプリン、ジミーヘンドリックス、エリッククラプトン、ミックジャガーやキースリチャード。更に遡れば、30年〜50年代にかけて、多くのジャズミュージシャンも麻薬に溺れています。ビリーホリデー、マイルスデイビス、チャーリーパーカー他。こちらは主に黒人で、差別されることの苦しみが原因らしいですが。

楽曲でも、さすがに明示はされてはいませんが、隠語でそれらしいものがあるらしい。例えば、ローリングストーンズの"Lady Jane"もそうだとか。彼ららしくない(笑)非常に綺麗なメロディーと詩ですが、そうらしい。表にはその意味は出していないですが。

有名な例では、ビートルズの"Lucy in the Sky with Diamond"、名詞の頭文字を繋ぐと、LSD。また、"A day in the life”の中の歌詞、"I'd love to turn you on(君にスイッチを入れたい、夢中にさせたい)"も麻薬服用を勧める歌詞とみなされて、BBCでは放送禁止になったとか。

サイモンとガーファンクルにはそういう話は聞きませんが、その時代の歌としてあってもおかしくはない。
なんといっても、a bridge over troubled water というのが、麻薬を表す言葉として適切過ぎる。

荒海である辛い現実から隔離してくれ、その上に架かって夢の世界へと導く脱出経路。

麻薬類の効用(悪い意味での)を短いフレーズで表したものとしてはこれ以上のものは無いのでは。


追記)12/04/29
なぜ「橋」なのか。昔の流行りの設問みたいだが。
橋には、人を守るという機能は、少なくとも第一義的にはない。というかほとんど無いといっていいだろう。濁流、洪水、高波、津波などの時に橋の上に避難しようという人は普通はいないだろう。おそらく世界的にも。橋というのは流される可能性のあるものだし、流されなくても水流が路面を洗って行く事もある。水難関連で危険な時は、川や海から離れるのが第一であって、橋よりは堤防、堤防よりは遠くの高台に行く。

だから、ここで「橋」という言葉が使われているのは、誰かを守るという意味ではないのは確かだろう。守るという意味を表したい時には、堤防、防波堤、護岸、防壁、何か別の言葉がある。

橋の機能は、「渡す」という事に尽きる。こちらからあちらへ。更に言えば、ある状態の此岸から、別の状態の彼岸に。ここでの解釈の場合は、惨めなこちら岸から、楽園のように見える向こう岸へ。下の補足5の場合で言えば、エジプトでの奴隷状態から、カナンという乳と蜜の流れる約束の地へ。
ポールサイモンは他の詩でも比喩的な言葉を多用しているが、これもその一つだろう。

関係ないが、去年の震災で石巻市の大川小学校の教師たちが、津波を避けようと生徒達を上流にある大きな橋の近くに引率して行こうとして、悲惨な事となった。この時は橋は流される事はなかったのかもしれないが、一体なぜ川から離れようとせず、むしろ近づいたのか。標高的には高いのかもしれないが理解できない。学校のすぐ裏に緩い斜面の山もあったというのに。




8.最後に

動機がなんであれ、裏の意味がなんであれ、曲のすばらしさを削ぐ物ではないのは当然です。逆に考えて、立派な動機で作られた曲は素晴らしいのか、と考えれば分かること(共産圏にはその手の曲が大量にありそうですが)。

この歌も曲としては素晴らしいとしか言いようがありません、ガーファンクルの美声と相まって。裏の意味など考えずに聞けばいいと思いますが、ただ、「詩」として考える場合は本当の意味を考えないわけにはいかない。勿論他の解釈もあるでしょうが、この歌詞は、上記の意味だろうと考えます。

実は私はこの歌を最初に聴いた時、「橋」という言葉に引っかかったのです。なぜ橋になるんだろう、と。一体どういう関係なのだ、と。で、この歌を本当に好きになることはありませんでした。サウンドオブサイレンスなど、このグループにはいくつも好きな歌はあったのですが。当時は建前的な知識しか持っていませんでしたから、意味を理解することはできなかったのですが、最近になって、ネットのおかげでやっと理解できたように思います。

※ 作者や他の解釈者がどのようにこの曲について言っているのか、というのは基本的に考慮に入れずに書いています。後付けの弁解になっている場合がありますので。
(2011/02/06)



※補足

アメリカの黒人間では、この歌はゴスペルソングの扱いを受けているらしい。
内容を考えれば、妥当な解釈だとは思う。
ここに出てくる「私」が普通の人間であると考えるのは、全体の流れを見れば無理がある。
神、または教会、と考えるのは相当な解釈ではあるだろう。

そうすると、4の、「橋」を渡るだけで輝き出す例・・・・Dについて、に

Z・・・宗教的法悦に浸った場合、

というのを入れる必要がある。

ただ、その場合、「銀の少女」の扱いが難しくなるが。
天使なんだろうか。

Sail on,silver girl,sail on by は、「さあ天使や、あの惨めな男の所に行って救っておやり!」

ということなんだろうか(笑)。

天使というのは、どちらかというと、男性らしい。ケルビムとかセラフィムとか、あるいは堕天使サタンだとか。
だから、銀の少女、というのは不適な表現となるのだが。



民主政権は打倒されなければならない!
(2011/3/13)


補足2

ストーンズには、Sister Morphine というモロな曲があるのを忘れてました。ただこれは病院の緊急病棟?での中毒患者の苦しみをうたったような曲で、勧めているわけじゃありません。ストーンズらしい、なかなかの力の入った傑作だと思います。ミックジャガーの巧さが無いと存在出来ないような曲でもあります。


補足3

こういう解釈とは全く違って、この歌詞は録音の場で適当に書き継がれたもので、統一的な意図はないという考えもあるようで、それを補強するような証言もあるようです。最近のJ−POPのようにどこかで聞いたような歌詞を適当につなげて作るケースも確かにあるでしょう。しかし、この場合はそれにはちょっと賛成できません。

理由は、silver girl が、その場で出したのにしては唐突すぎること、ポールサイモンは他の曲でもかなり考えて作っているように見えること、麻薬と解すると非常に巧く当てはまること(笑)などです。世界的なヒットになってしまったため本来の意図を隠す必要が生じたという事もあるかもしれません。

また、解釈する側の立場として、「適当に作った意味のないものだ」という態度は最後の選択になるということもあります。歌謡曲などをみても、歌詞はかなり考えて作られています。一つの歌の世界を作るためには言葉の選択は重要です。作詞者は苦心して作ってるはずで、受け取る側も意味を十分に考えないといけません。適当に作られた、という解釈は、他の可能性が全く無いやむを得ない場合にしか取ることは出来ません。
(2011/4/4)


補足4

4の、「橋」を渡るだけで輝き出す例・・・・D にもう一つ思いついたので書いておく。

番外・・・民主党のマニフェストを信じて投票する場合

   日本が輝く時が来たんだ!
   国民の夢が全てかないそうだ(埋蔵金20兆円で)
   みんなの夢があんなにも輝くのを見て!

きっとこういう思いで投票した人がいるに違いない。多分数ヶ月は持続しただろう。→当時のチラシ(笑)

(もっと前、組閣前の忙しいはずの時期に、鳩山が夫婦でファッションショーに出演して、呆けた顔を晒してるのを見て気づいた人もいたかもしれないが→その時の写真。笑えない、日本はこういう人物に最高権力を渡し、外交関係を破壊させたのだ)。

まあ、結果は、海に落ちた橋のように、日本を破滅に導きつつあるわけですが。

   もし君がまだ夢を見ていたいのなら、私は君の直ぐ後をついていこう
   荒海に落ちた橋のように、絶望へと導いてあげよう

別に項目を立てずに、民主党のマニフェストを麻薬の一種と考えて、「X・・・麻薬・覚醒剤を服用した場合」にいれるのも可。
(2011/7/28)



補足5 こんな歌を書いた意図は何か

おそらく、当時の麻薬が蔓延る風潮への皮肉だろう。

このタイトルは元々、ゴスペルソングの"Oh Mary,don't you cry"の中の歌詞、I'll be a bridge over deep water if you trust in my name から取られたと言われている。ただし、このフレーズはオリジナルの歌詞には無く、40年代から50年代にかけて活躍したThe Swan Silvertones というグループが付け足したものらしい(この部分に限らず、単語、文形の異同がかなりあります、cry→weepなど)。
youtube の2分13秒辺りで聞く事が出来る。
追加11/12/15、上の映像は消されてるが、こちらの1分53秒辺りでやや不明瞭だが聞ける。更に追加(12/4/17)、上記映像は音のみ復活している)


この歌は、旧約聖書にある出エジプト記での紅海を渡るくだりを題材にしていて、「ファラオの軍隊は海に溺れてしまった、だからメアリー、泣かないで、もう嘆く事はない」という歌詞が何度も出てくる。モーゼに率いられたイスラエルの民は、神が海を左右に分けた中を進むわけだが、あとを追ってきたエジプトの軍隊は、神が海に作った壁を無くしたので、全員溺れ死んでしまった。I'll be a bridge over deep water if you trust in my name(お前達が我が名を信じるならば、私は深い海に掛かる橋になるであろう)というのは、まさにそういう深い海の底からの脱出口に神がなって、救ってあげよう、ということを意味しているのだろう。

ポールサイモンは、この deep water(深い海)を、troubled water(荒れた海)に変えれば、今ある辛い現実から逃げ場を求めている人々や風潮を表す事が出来る、と思いついたのではないだろうか。
(2011/8/13)



補足6 この歌の別バージョンについて
 

2001年に出たベストアルバムのボーナストラックについていたもので、デモ用のtake6となっている。youtubeでも聞く事が出来る。
現行バージョンとの違いは、第2連の後半の一部と、第3連全体。聞き取りなので以下の歌詞が正しいかどうかは分からないが、取りあえず書いて訳してみる。



第2連は、
現行 When darkness comes,and pain is all around の所
      → Oh,in darkened(?) rooms,when pain is all you find
               灯りを消した部屋の中、苦しみだけしか見えない時、


これはさほど問題ではないだろう。ただ、一般的な事象である夕暮れではなくて、暗くした部屋にいる特定の人々が対象となっている点が若干の意味を持つだろう。しかもそれに、oh が付いている。感嘆詞がつくのはここだけ。

(追加) 連の最後のリフレインが、現行第3連のを使っていた。

つまり、 Like a bridge over troubled water,I will lay me down.  ではなくて
     Like a bridge over troubled water,I will ease your mind. 



第3連は現行バージョンとはかなり違っている。

 Sail on,silver girl,sail on high
           行くんだ、銀の少女よ、空高く
 Your time has come to shine,
           君が輝く時が来たんだ、
 Put your faith(?) on me
           私を信じて  
 And let it shine,my sweeter sun(?),
           輝け、より甘美なる太陽よ、
 Upon your bedroom lights,
           寝室の灯りの上で、 
 Like a bridge over troubled water,
           荒海に架かる橋のように、
 let it be your guide
           君の導き手となれ


1行目は、現行版 by の所、 high になっている。high と言えばクスリ関係の常套句ではあるが(^_^;)。
しかし、これは理解出来る。そもそもなぜここに by が使われているのか良く分からなかったから。
sail on by はあえて訳せば、私のそばを通り過ぎて、先に進め、といったことになると思うが、別にわざわざ使う必要は無いと思っていた。

これは多分、silver girl , high と続くと、薬物関係の印象が強くなりすぎるので、by に変えたのだろう。
後ろめたい所が無ければ変える必要は無かったろう(笑)。大空高く飛び立て、ということで、むしろこの方が歌の建前上の主旨には相応しい。

2行目と6行目は現行版通り。

3行目は、これでいいのかどうか分からないが、face というよりは faith に聞こえる。
但し、文法的には、put your faith in me が正しいはず。rely on などの連想から on にしたのだろうか。

4行目後半ははっきりとは聞き取れないが、他に思いつかない。"t" 音が聞こえるので、sweap などでは無いと思うが、suite だと意味が繋がらない。また、t音の後、弱音のアーが聞こえる。ということは比較級だろう。sweeter sun というのも妙な表現だが、薬物による幻想上の太陽と、それに照らされる君、と考えれば、意味は通る。あまりにも薬物と関連づけた説明になってしまうが。
この解釈の場合、「私」が薬物であり、それによって作られた実際よりは甘美な太陽だから、my sweeter sun となる。

5行目は、この歌が人類愛や博愛の歌では無いという事を決定的に示すものかもしれない。なぜなら、これは(暗くした)ベッドルームの中での歌だから。その部屋の上の方に、幻想の太陽がある、という事になる。

4行目と7行目の itsun を指してるのだろうか。君が輝くのは勿論、その太陽に照らされて。
それは勿論、本当の輝きでは無い。幻覚というわけだ。
まるで、インチキマニフェストを掲げた鳩山の輝いた顔のように(しつこいが)

(追加) 麻薬の歌という意味を消そうとすると、7行目は使えない。それで、本来2連目の最後のリフレインであった、〜ease your mind 〜を第3連に持ってきて、2連目を第1連と同じリフレインにした。本来は3連とも別のリフレインだったわけで、その方が自然だろう。



で、問題は、第3連がどのように作られたものなのかという事だが、確かにメロディーは違うし歌詞も大幅に違う。
試行錯誤、あるいは変更があったことは間違いない。その場合、

.実際、その場で色々と歌詞を考えた。take6もその内の一つ。

take6が元歌で、薬物の印象が明瞭だったので、歌詞を変えた。元歌の存在を隠すために、無かったから新たに作ったという事にした。
 (takeというのはあくまで録音順を示すので、六番目の歌詞というわけではない)

のどちらかだろう。が、take6を何人もいる場所で作ったというのも妙だと思う。2の方が可能性が高いのでは(なぜこの時期にこれを発表したのかは分からないが、発表した事自体、ポールにとっては大事なものだったのだろう。また、このバージョンが公表された時点で、第3連についての証言は、部分的にはウソということになる)。



ポールサイモンはこのくらいの歌詞は平気で作ると思う。何しろ、
I am a rock,I am an island・・・A rock feels no pain.An island never cries.
   私は岩だ、私は島だ。・・・岩は痛みなんか感じない。島は決して泣きはしない (I am a rock) 
だとか、
Hello,darkness,my old friend.I've come to talk with you again.
   やあ、夜の闇、我が古き友よ、君とまた話に来たんだ (The Sound of Silence)

なんて歌詞を作り発表するくらいだから。当時の日本の歌謡曲とかポップスではちょっと考えられない(今はどうなのか知らないが)。
(2011/9/15)



まとめて言うと、ポールサイモンは麻薬常習者をからかうためにこの歌を作った。take6の歌詞から明か。あまり盛り上がらないメロディー、乗り気の無さそうなアートガーファンクルの声も傍証。しかし、それはポールの自己満足にしかならず、アートや一般のファンにとって意味ある物とは言えない。だからアートや他のスタッフが変更を要求、一見、博愛、友情の歌のような歌詞に変えた。しかし、「橋を渡るだけで何故か輝き出す」という全体の構造は変わっておらず、silver girlも温存したから、妙な、突っ込み所のある歌詞として残る事になった。
以上が私の推測。
(2011/9/17)



(追加)
12/4/17
アメリカのネットで流れているtake6の歌詞は、上記のものと2ヶ所ほど違っている。
第2連の最後の方の、

私が、〜in darkened rooms〜 にしたところが、in darkened roads になってるのと、

第3連の問題の my sweeter sun の所が、I'll see the sun になっている。

nativeに喧嘩を売る気は無いが(笑)、耳が悪いのか、どうしてもそうは聞こえないので、そのままにしておく。

ただし、後者は、実は自分もそうは聞こえていない。
正確には、アーイ、スイータ、サアン みたいに聞こえて、頭のm音が聞こえない。
多分弱く発音したのだろうと思って、myにした。もしかしたら、Ah,sweeter sun かもしれない。
最初を I にすると、後が上手く繋がらない。あるいは全体が全く別の言葉かもしれない。



補足7   セントラルパークコンサートについて

1981年に行われたこのコンサートの映像はとても好きだ。今でも時々見ている。
暮れて行くNYをバックに、彼らはまるでベトナム戦争で傷つき疲れたアメリカを慰めているかのように歌う。そんな意図など外に出すはずも無いが、どうしてもそう聞こえてしまう。
10年ぶりぐらいの再結成らしいが、演奏はそんな空白を感じさせない。とりわけハーモニー部分は素晴らしい。

ただ、あれっと思うところがあって、このページのタイトル曲を歌う時ポールは舞台上から完全に姿を消す。次の曲ではポールのソロなのだが、アートはずっと舞台上にいる。

色々あると言われている。この名曲をアートに譲ってしまったから気分を害したのだとかなんとか。単にその時の特殊な事情があっただけなのかもしれないし、特に大した理由じゃないのかもしれない。他のコンサートではどうなのかも知らない。ただ、「明日に架ける橋」のLPの録音の時にトラブルが起きてそれを切っ掛けにして一旦別れたのは確からしい。アートの映画出演が障害になったとか。私は特に事情など知らないし、あまり知りたくもないのだが、仮に補足6の推測が正しいのなら、それに基づいた別の推測をしたくなる。

恐らくあの歌詞は、ポールの意に沿ったものではない。ポールはそんな、言っちゃ悪いが、脳天気な歌詞を書くライターではない。現実に切り込んでいく人なのだ。

例えば、ドサ回りの寂しいボクサーを歌う"The Boxer"


Asking only workman's wages I come lookin' for a job, but I get no offers. 
   ただの労働者並の報酬でもいい、と仕事を探しに来ても、オファーは無い
Just a come-on from the whores on Seventh avenue.   
   7番街にたむろする娼婦達からの誘いがあるだけだ
I do declare there were times when I was so lonesome,I took some comfort there   
   白状するが、とても寂しい時があって、そこで慰めを得た事もある



In the clearing stands a boxer,and a fighter by his trade  
   空き地の闘技場にボクサーは立つ、戦うのが彼の仕事だ
And he carries the reminders of ev'ry glove that laid him down and cut him
    till he cried out in his anger and his shame, "I am leaving,I am leaving",
   体に残る打撃痕は、彼を倒し傷つけたグラブの記憶を呼び起こす、
    怒りと恥辱の中、彼は遂に”もうやめる、やめるんだ”と叫んだのだった
but the fighter still remains.
   だが、彼がリングから離れる事はない



また、旅回りのワンマンバンドを歌う"Homeward bound"

Ev'ry day's an endless stream of cigarettes and magazines.
   毎日がタバコと雑誌で終わる事なく流れていく
And each town looks same to me,the movies and factories.
   どの街も同じに見える、映画館に工場だ。
And ev'ry stranger's face I see reminds me that I long to be homeward bound
   見知らぬ顔を見るごとに、自分が家に帰りたがってるのを思い出してしまう



公園のベンチで1日を過ごす老人達を、彼はこう描写する、"Old friends"

Can you imagine us,years from today,sharing a park bench quietly?
   何年も先、僕たちが公園の同じベンチに静かに座ってるのを想像出来るかい?
How terribly strange to be seventy.
   70になるって、どれだけ不思議なことなんだろう
Old friends,memory brushes the same years,silently sharing same fear....
   年老いた友人達、同じ年月を回想でなで合いながら、同じ恐怖を沈黙の内に分かち合う・・・


あまりにもストレートすぎる歌詞。


あるいは、「コンドルは飛んでいく」、から

I'd rather be a sparrow than a snail.Yes,I would.If I could,I surely would.
   カタツムリになるぐらいなら、それを食う雀になりたい。そうさ。出来る事ならきっとそうするよ。 
I'd rather be a hammer than a nail.Yes,I would.If I could,I surely would.
   クギになるぐらいなら、それを打つ金づちになりたい。そうさ。出来る事ならきっとそうするよ。


で、元に戻って、タイトル曲だが、「麻薬常習者をからかう為」とか、「当時の風潮への皮肉」とか書いてしまったが、それは書きすぎかもしれない。現代の一つの現象として中毒者の心象を描写しただけなのかもしれない。また、それこそが、まさにポールサイモンの仕事ではないだろうか。現実の社会をえぐり、確かな描写をする事。彼の作った曲で現実を美化した物は多分ない(と思う)。その意味でも現行のバージョンは異例だ。

だけど、麻薬患者の幻覚の歌を聞いて喜ぶ人は、多分いない。今あるような人類賛歌、友情賛歌(のようなもの)にした方がいい、とアートなどに言われてやむを得ず変えたのだろう。多分、納得はしなかっただろうが、それが世界的な大ヒットになってしまった。誰もが心の奥底に、麻薬、酒、賭博などに流されそうな弱さを抱え、自分は救われたいという希望を持っている。その微妙な部分に、この本来は麻薬の歌がうまくフィットしたのだろう。

大衆の求める物と、創作者の作りたい物とは必ずしも一致しない。しかしポールも、大衆音楽の世界に身を置く者として、その現実を受け入れるしかない。多分、葛藤は残っていたのだろう。席を外した理由はそれではないだろうか。その後の演奏会はどうなのか知らないが。

勝手な想像ですが。
この曲について調べている内に、いろいろと考えも変わってしまった。
ポールがもし、麻薬中毒者の心象に対して正面から取り組んで書いたのだとしたら、むしろその事に感動を覚える。彼らの心象の一部は、誰もが何らかの形で共有しているものだから。"The Boxer" の中に自分が見えるように。
(英語の歌詞は、ライナーノーツから。訳は独自訳)
(2011/9/19,10/10一部改変)

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